佐伯香也子のブログ

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ブログ引っ越しのお知らせ

このFC2ブログは、設定が本格的すぎて、私のように疎いものにはなかなか使いこなせない。
アクセス解析と画像アップがどうしてもうまくいかないし、記事を書くのもワンクリックというわけにいかない。
上部にツールバーをつけて、画像やプロフや作品リストなどにすぐ行けるようにしたかったのだが、無理だったw

それで、’14年6月9日をもって、エキサイトブログへ引っ越すことにした。

「作家・佐伯香也子のブログ」
http://author8ks.exblog.jp/

こちらのIDも削除はしないので、いただいたコメントもそのまま残る。
新しいブログでも、変わらぬご愛顧をいただければ幸いである。

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官能小説でやりたいこと

1966年に23歳で 芥川賞を受賞なさった丸山健二氏は、以来ずっと、いわゆる文壇とは一線を画し、現在も力のみなぎった作品を発表し続けていらっしゃる。
その丸山氏が昨年(2013年)、眞人堂とともに「丸山健二文学賞」というものを創設なさった。
権威臭をいっさい排除した、文学という素晴らしい芸術のための新しい鉱脈を発掘しようとする真剣勝負の文学賞である。

http://shinjindo.jp/contents/maruyama_award.html

「丸山健二文学賞宣言2013」には手厳しい言葉がたくさん並んでいる。
いや、そればっかりと言ってもいいw
しかし、何度もうなずいてしまうほど説得力がある。
一部を抜粋してみる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
そもそも文学という行為は、人間という特殊な存在が複雑怪奇な生き物であることから発生し、際限なく派生する無限の感動を言葉のみに頼って捉えるという、極めて難しく、しかも極めて地味なことである。
 その反面、他のあらゆる芸術と比較しても申し分のないほど奥深い世界であり、そしてこれ以上は望めないほど人間的な営みであって、数千年を経ても、まだ入り口の段階をさまよっている程度の進化と深化なのだ。
 つまり、しっかりと本腰を入れて、身震いを禁じえないほど真剣に没頭するだけの価値が充分過ぎるほどあるということなのだが、しかし、現実はどうかというと、甚だ残念ながら、ほとんど先へ進んでいないどころか、逆行しているという体たらく。
(中略)
かつて、「文学なんて、所詮は女子どものおもちゃにすぎない」などという差別的な評価を浴びせられることも、確かにあるにはあった。だが、そう揶揄されても仕方がないというか、ぐうの音も出ない状況にあることは否むに否めない事実なのだ。
 一理も二理もあるそうした手厳しい非難は、劣等意識の裏返しであることが見え見えのナルシシズムなど相手にせず、もっともっと上等な、人生にも精神にも深い感銘と影響を与えてくれるような、自立したおとなのレベルの高い読み手の眼力に耐え得るような、そんな作品があってもいいのではないかという、悲痛な叫びであった・・・
(中略)
文学そのものまで死んでしまったわけではない。
 本物の文学はそんなやわなものでは断じてない。まだ手つかずの文学の鉱脈が無限に残されていて、才能があってやる気のある、まだ見ぬ書き手の前にどっしりと横たわり、掘れるものなら掘ってみろと挑発しつづけているのだ。
 これまでの文学は、だらしのない生き方を好み、そのなかにこそ芸術的なる核が潜んでいると信じこむ自分を唯一の売り物にしながら、また、あまりにも夢見がちな、恋愛の実体験に恵まれない女たちと、そうした女に限りない近い、恋愛至上主義に毒された男たちの黄色い声援に煽られながら、素手で簡単に掘れるところを掘ってきただけなのだ。
 そして、そこは掘り尽くされた。
 ところが、これまでのビー玉やビーズ細工のごとき代物などとは格が違う、めくるめく本物の宝石を眠らせている鉱脈が、いたるところで、これまでの書き手とは性質も才能もまったく異なるタイプの、要するに、安っぽい情緒のみの海にけっして溺れない、人間と人間を取り巻く環境を果敢に見極め、本気で挑む書き手の登場を待っているのだ。
(中略)
ちなみに、言葉の発信者としての自身の腕が現在どのレベルに達しているのかを、さらには、ナルシシズムに溺れることなく人間という存在の核心のどこまで肉薄しているかを、客観的に認識し、正しく把握している書き手こそが真の才能の持ち主である。
(中略)
文章の恐ろしさは、真剣に書けば書くほど当人の性根がそっくり出てしまい、隠しおおせない点にある。
 よしんば駄目な人間を描くにしても、駄目な人間であっては描けないのだ。このことをくれぐれも忘れないでほしい。

 小説家にはあるまじき、かなり柄の悪いもうひとりの私が、先ほどからさかんにこんな言葉を発している。

「さあ、かかってこいや!」

丸山健二
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


官能小説は、通常「文学」には入れてもらってないが、丸山氏が述べられている停滞または下降の現状はそっくりそのまま当てはまるように思う。
「女子供のおもちゃ」ではなく「男のオカズ」である官能小説も、やはりこれまでの鉱脈は掘り尽くされていると言っていいのではないだろうか。

「めくるめく本物の宝石を眠らせている鉱脈」ならぬ「めくるめく本物の官能を眠らせている鉱脈」につるはしの先を深く食い込ませ、渾身の力を込めてきらめく真の快楽を掘り起こしたい。
そうすれば「男のオカズ」に留まらない、女性にも共感していただける悦楽を描き出すことができるのではないかと、新人ながらも思っているのだ。

だから、読者からいただいた、「久しぶりに最初から最後まで興奮、そして考えさせられました。そんなことを感じたことは今までのSM小説では正直ありませんでした」「ほんとうに、久しぶりに、脳みそが、『ドクン・ドクン』と、腫れるような感覚になる小説に出会ってしまったので、報告したくなりました」「甘美な拷問での描写が妄想をかき立てられ、それはそれは大変なことに(笑) 終わり方が、ああなんかわかるなぁと・・・(女性)」等のお言葉は、本当にうれしかった!

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風俗資料館のお休み

私の私家版(紙の本)を扱って下さっている風俗資料館(飯田橋)は、’14年6/2〜6/30まで改装のため休館である。

本は紙に限るという方もたくさんいらっしゃると思うが、最近は電子書籍も充実してきているので、もしご興味がおありならお試しいただきたい。

私がKindle(キンドル)でだしているものは13冊。
タブレットかスマホをお持ちで、AmazonのIDがおありなら、アプリを入れてすぐに読んでいただける。
キンドルのタブレットは私も使っているが、価格がお手頃で他のことも色々できて楽しい。



目的が読書だけで、白黒の画面でもよければ、もっとお求めやすいKindleペーパーホワイトもある。



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佐伯香也子の紙の本一覧

『美人秘書監禁!甘美な拷問』(マドンナメイト文庫)をお読みになって、私の他の紙の本も読んでみたいと思って下さる方が少なからずいらっしゃるようなのだ。
本当にありがたいことである。

ここでは、現在入手可能なものをご紹介しようと思う。
すべて飯田橋の風俗資料館でお求めいただける。
通販もしている。

http://pl-fs.kir.jp/pc/book/index.htm

『イシスの裏庭』(SM同人誌、2010年刊) 1800円

*佐伯香也子または立森あずみ作品として以下を収録
 「ペインクリニック*ファイル1若菜」
 「やさぐれM night(ドレイになんかならないもん!)」
 翻訳「時間外診療」(原作アリス・リデル)
 「イシスのしずく」(俳句集「水の神殿」の一部を掲載)

『アニスタ神殿記』(2012年刊)  2000円

『一ヶ崎 小暮院』(2013年刊)   650円

『官能俳句集 水の神殿』(2013年刊)  650円

なお、2010年刊の『佐伯香也子小説集1』は現在絶版である。
もともと限定30部だったので、出回っている量が少ない。
資料館へ行けば読むことができるし、依頼すればコピーもしてくれる。
コピーの郵送も可能である。

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読者の感想2

先日、初めて女性の方が『美人秘書監禁!甘美な拷問』へご感想をお寄せくださった。

■甘美な拷問での描写が妄想をかき立てられ、それはそれは大変なことに(笑)
ただ暴力的ではなく、開発されていく過程が自分が調教を受けていた感覚と重なりました。
痛みが快感になるというのはまさに言い得て妙です。
終わり方が、ああなんかわかるなぁと・・・


私は元々女性が楽しめるSM小説を書きたいと思ってやってきたので、このように言っていただけたことは無上の喜びだった。

また、プレイシーンばかりでなく、登場人物の造形や心理に注目して下さった方もいらして、これもパソコンの前で頭を下げてしまったほど嬉しかった!

■むかしからSM小説を読んでいて、男は責めるだけそこに心の葛藤、闇は持ってない、女性は責められ嫌がるもやがて自然に喜びに昇華するといったパターン。
手を変え品を変え違った責めのパターンが登場して、それはそれなりに興奮したものでした
SM小説はいわば単純な娯楽(興奮材)でした
「甘美な拷問」を読むまでは

主人公の清家有里子の心の揺らぎもさることながら、他の登場人物の心の持ちよう、外村のコンプレックス、サカキの心映え、蓉子、乃亜、清家高成の心の持ちようなどが見事に描かれ、それらが融合して、今までのSM小説より高みの小説になっていたと思います
召使いたちも其々の生活感があり、各人が生き生きと小説の中で動き回っていました
そんなことを感じたことは今までのSM小説では正直ありませんでした



女性が最高の快楽を得るためには、絶対必要条件というものがあると思う。
そこをないがしろにすると、女性は楽しめない。
これからも女性と男性の双方が興奮し、楽しめるようなものを書いてゆきたいと思っている。

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