佐伯香也子のブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

「男」と「女」のセクシュアリティー

 以前から、男性の書くポルノ小説には違和感があって楽しめなかった。
 ひと言で言えば、登場する女性にあまりリアリティーがないからである。
 男性のためのファンタジーなので、とやかく言うつもりはないのだが、では女性にとって気持ちよく読めるポルノとはどういうものか。それを、ちょっと語ってみたい。
 
 社会学者・守如子(もりなおこ)氏の『女はポルノを読む』という本がある。男性向け・女性向け双方のポルノグラフィーを詳しく比較し、論じた興味深い本であるが、その中におよそ次のようなことが書いてあった。

 
「女性には慣習的に性欲はないとされてきたため、女性は自分から性行為をしたいということができない。しかし、本来的には性行為をしたいと思っていて、それは気持ちいいはずのものである。したがって、女性は性行為をすることによって満足するはずだ、という伝統的な<お約束>が、男性向けのポルノにはある」
 

だから、女はどんなひどい状況でレイプされても感じてしまい、嫌がっていてもそれは振りだけで、本当は喜んでいるというストーリーが量産される。

ひどいのになると、つれなくした女性に思い知らせるために複数で性暴力をふるい、それでも次第に感じてきてしまう女性を描いて、
「お高くとまっていたって、結局はこれが好きなだけの雌豚じゃねえか。
 お前なんか、俺たちの性欲処理便器なんだよ」
というようなセリフを主人公の男に言わせて、徹底的に女性を貶める。

また、それが女性の真実であると思っている男性は、『マニア倶楽部』などを読むと、とても多い。


 女性向けのポルノの場合、上記の「お約束」のようにはっきりしたものはない。
 ただ、どんなに過激な状況が起きようと(女性だってハードなものが好きな人は多い)、それは男性が女性を熱烈に愛しているからであるという説明が必ずされる。
「愛」までいかなくても、「執着」あるいは「つよい関心」があり、「この女でなければならない」という必然性が、そこには常に存在している。

 恨みや優越感のために女性を貶めるというストーリーでは、当たり前の事だが、女性はまったく感情移入できないし、恐怖や不快感を覚えるだけだからである。

 男性の性幻想が「どんな聖女でもレイプされたがっている」というものだとすれば、女性のそれは「男性に過剰なほど愛される」ことだと言ってもいい。

 男性向けのポルノに、男女の心の交流が描かれることが少ないのは、この「お約束」があるためで、性交に持ち込むために「愛」を必要としないからであろう。

 男性にとって女性は、つねに男の欲情に応える性的対象物であり、嫌がっているように見えても事が終れば必ず満足するはずという共通幻想があるから、登場する男たちに罪悪感はない。
 もしかしたら、自分は下手で、相手は満足できなかったかもしれないという反省もないw

 そこが、女性としてはなんともやりきれない部分なのである。

女はいつでも男を待ち構えているわけではない。
もちろん、女性にも「とにかくしたい!」と思う時はある。
だが、そういう場合でさえ、見知らぬ男にただ凌辱されるという状況では悦べない。
たとえ行きずりであっても、「素敵なオス」だと思えない相手とはしたくないのである。

「穴さえあればなんでもいい」という男性とは、そこが大きく違う。

 ある女装子さんが、男にとって女性というのは、<好みのタイプ(恋愛対象)> <穴だけタイプ(性欲処理対象)> <愛するタイプ(結婚対象)>の3種類に分けられるということを書いていらっしゃった。
 括弧内は私の解釈だが、たぶんそういう事だと思う。

 つまり、男性にも「心と心が溶け合うような至高の愛のセックス」をしたいと思う時はあるようなのだが、伝統的なポルノグラフィーに取り上げられるのは、<穴だけ>の場合が多いように思う。

 女性の心理を読み取るのが苦手な男性にとって、面倒な感情のやりとりのない「穴」と「棒」だけの関係は、読んでいて楽であり、一番望ましいのだろう。
 
 ただ、守氏によれば、それにちょっと異を唱えたのが'80年代に登場した「美少女コミック」(作者はほとんど男性)で、性愛対象となる可愛い女の子の心理が比較的細かく描かれ、性交の動機付けに「愛」が持ち込まれる。
 <好みのタイプ>との恋愛込みの性交が、男性ポルノにおいても重用視されるようになってきたということなのかもしれない。

 しかし、その女の子の心理自体、伝統的な「お約束」から自由なわけではなく、現実の女性からはかけ離れている。
 だから、あくまでも男性の性幻想の域をでない「愛」なのだが。


どんなにひどい扱いをうけようと、それが「愛」ゆえならば、女性は許せるし快感を得ることもできる。
「聖女」が「便器」に変わるためには、相手の「愛」が必要なのであって、どんな条件下でもそうなるわけではない。

 この「愛」の部分がすっぽりと抜け落ちた男性ポルノの「お約束」は女性を傷つけるだけなのだが、そのことを本当に理解している男性はどのくらいいるのだろう。

「嫌なら女は読むな」という話なので、ここで指摘してみても、現在のエロ本事情が変わるわけではないのだが、せめて現実の女性までそうだとは思わないで欲しいというのが、私を含めた女性達の願いである。

スポンサーサイト

PageTop

香り幻視

今年の気まぐれな天気のせいで、我が家の薔薇は早咲きだった。
中井英夫の『薔薇幻視』に影響され、幾本かのバラを育てはじめて8年。
一番のお気に入りは、ベン・ムーン(たぶんスコットランド語で、峰の月という意味)
青バラといっても、淡い青紫色で、香りは高貴なダマスク系

思えば、私は昔から「香り」に弱かった。
街角なんかで少しでも好きな香りに出会うと、あっけなく想像の扉が開く。
「香り」のある文学も好きだ。

プルーストの『失われた時を求めて』に登場するスワン夫人のアパルトマンは、彼女の「使っている香水の匂いが、階段のあたりまで漂って」くるようなところだった。
この箇所を読んだときは、まだ見ぬスワン夫人の豊満さがいっぺんに伝わってくるような気がして、頭の中まで「香り」に侵された気分だった。

『三国志』の魏の曹操の息子、曹丕。
この人は、強くて頭もいいけれど傲慢、という典型的おぼっちゃまだ。
でもそれだけにすごくおしゃれな伊達男でもあって、衣服にはいつも香を薫きしめていた。

戦場で一戦まじえる時にも、フワ〜っと良い香りがするわけである。
向き合う相手のほうは「あっ、いい匂い・・・」とか思ってる場合じゃないだろうが。

この人の書くものもいい。
青春時代の追想なんか、ちょっと泣ける。


でも、なんといっても好きなのは、

   皐月待つ 花橘の香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする
          
            (読み人知らず『古今和歌集』)

初めて知ったのは確か中学か、高校あたりだったと思うが、「昔の人の袖の香ぞする」に、もうクラクラした。

その香りをかいだとたん、おそらくは様々によみがえったであろう「昔の人」との思いで・・・・・
たぶん立ち止まって、あたりを見まわし、自分に過去を思い出させた橘を探したであろう作者の姿・・・・・
よく晴れた五月の、京の町中でのことだったかもしれない。
あるいは、ふと思い立って出かけた郊外の田舎家の前だったのかもしれない。

思いがけず出会った「昔の人の袖の香」が呼び覚ましたであろうものの切なさに、胸がつまったのを覚えている。
まだ、思い出すべき「男」もいなかったくせに。

人のまとう「香り」は、人格の一部だと思う。
植物のそれは、言葉そのもの。
特に、薔薇の雄弁さに出逢うと、つい詩人になってしまう。



   月の名を口にするなかれ
   黄泉の王の恋情に
   深き霧の香をまといて
   ひっそりと微笑む者は




PageTop

『コレクターズ・クラブ1 リナ』発売

昨日24日に、最新刊『コレクターズ・クラブ1 リナ』がKindleストアにアップされた。

三和出版の『秘性』からの注文で、ハードプレイ小説をということだったのだが、2つ書いて、もう一つのほうが採用になった。
が、しかし、「リナ」がハードではなかったということではなく、もう一つの「芳春」がよりすごかったということなのだw

そこら中で書きまくっていることだが、この「リナ」は、ノンストップハードSM小説である。
露出をメインに、衆人環視のもとで痴態をさらすということは、女性にとってどういうことなのかというのを追求してみた。

女性にも楽しんでもらいたいが、たぶん男性に受けるのではないかと思う。




PageTop

「きんどるどうでしょう」インタビュー

「きんどるどうでしょう」さんのサイトに、私のインタビューが掲載されている。

http://kindou.info/category/kdpfrontier

おかげさまで、『折り鶴』の売れ行きも好調だ。
今朝から午後にかけては、ランキング1位をキープしていた。

私の答えを抜粋してみる。
できるだけすっきりと短めに、しかし多くの情報を伝えようと苦心したのだけれど、うまくいっただろうか。


-----------------------------

――この作品を書いたキッカケを教えてください

男性の官能作家がお書きになる女性について、私はつねづね不満を持っていました。すべてがそうではありませんが、「男は、よくこんな薄っぺらで現実味のない女に欲情できるわね。これじゃあ濡れたものも乾くわよ!」と、少なからぬ憤慨とともに思っていたんです。

そういう不満が募って、「それなら、リアルだと思うものを自分で書こう」と思ったのがキッカケでした。
薫が要求してくるSM行為は、小夜にとってすごく怖いことなんだけれども、好きな男のために彼女は勇気をふりしぼって大事な自分を手放すわけです。その瞬間の、女の子の何とも言えないけなげさとか気高さ、そして独特の虚無を描いてみようと思いました。


――小説を書き始めたキッカケはなんですか?

ものすごく空想好きな少女だったんです。で、頭の中だけで綴っているのに飽き足らなくなって、小学校5年のときに、初めて小説らしきものを書いてみました。
でも、妄想だけではストーリーをつくることができなくて、「まだダメだ、小説を書くには早い」と思いました。
その後、たくさん本を読み、やっと人に読んでもらえるようなものが書けるようになったのは高校生の時です。初めて書いたまともな小説はSFでした。
断片でしかなかったものが、一つの世界となって姿を現し始めた時の喜びは、ほかに例えようがありませんでした。


――小説を書くときのこだわりってありますか

「こだわり」というより「心構え」なのですが、対象のもっとも深部の真実を見るようにしています。表面に現れるのは物事のほんの一部でしかなく、それが本当はどういう意味を持つのかということを理解していないと、良い小説は書けないような気がするのです。

伏線やどんでん返しといった小説を書くテクニックも大事なのですが、作者が対象のどのレベルにアクセスするかによって、物語の深みや広がりが大きく変わってきます。リアリティーも、これによって生み出されます。

官能小説だからといって、作者みずからが卑下したりなめてかかったりするのはまちがいです。性というのは、誰の人生にも大きくかかわってくる重要な要素ですし、男性主導できたこの分野に、女性として真っ向から取り組むことは非常に意義があります。

性的快楽に対する熱い気持ちを忘れずに、物語として読み応えのあるものを書いていけたらと思っています。

PageTop

KDP『折り鶴』発売

ちょっと遅くなったが、5月14日にオリジナル小説第一弾として『折り鶴』がkindleにアップされた。
発売翌々日にはランキング(アダルト小説・サブカルチャー)で2位を獲得するなど、順調な滑り出しを見せている。
制作でお世話になった編集者・二木寸志さん(元『カルテ通信』編集長http://karte-mania.sadist.jp/top.htmlサイドバーのリンクからも行けます)が、方々で繰り返し宣伝してくださっていることも大きい。

今の日本で電子書籍がもうかるかというと、それはかなり難しいのだが、レヴューがつくととにかく嬉しい。
お金より、作家としての喜びのためにやっているようなものだ。

ただいま、第二弾を準備中。
『佐伯香也子小説集1』だけに収録された「コレクターズ・クラブ*リナ」の予定。


PageTop

闇の表現者たち

性的なフェティシズムの世界に身を置いていると、それらがある種のアートと密接に結びついていることに気づく。
それは決まって、この世ではない世界へのあこがれを表現したものだ。

手足のない青ざめた人形、内蔵をえぐり出された女体、肥大したり増殖したりした女性器・・・・・・要するにそのほとんどが、破壊されたり改造されたりした女性の肉体なのである。
(なぜそれが女体でなければならないのかという理由は、そのうちまた書きたいと思っている)

そこではいわゆる健常こそが異常であり、この世における欠損や死が規定形であって、光ではなく闇がエネルギーを生み出している。
こうしたアートの表現者たちは、この世に生きることの違和感を歌い続けているのだ。
かれらは決して大地に足をつけることなく、いわば地面から10cmくらい浮いた状態で、自分の苦痛から逃れようとしている。現実に直に触れることは、彼らをひどく消耗させる。

目に見えるもの、手に触れるものこそすべてだなどとは、私も思っていないが、この世ではない異世界は、彼らが考えるものとは別のものもあるように思う。
実際、私が立っている世界は、そういうところだ。
私の立ち位置からながめると、彼らが表現しているものはこの世のネガなだけであって、まったくの異世界というわけではないのがわかる。

座標軸で説明すると、アーティストたちが想像するのは、この世と縦軸で区切られる隣り合った世界だ。
しかし、中央の点だけでつながった対角の位置にある世界もある。
そこでは、「死や欠損」ではなく「完全な充足」こそがデフォルトであり、光のみがあたりを満たしている。
私はそこを、とても居心地の良い場所だと思っているのだが、闇に憧れるアーティストたちにしてみれば、最悪の世界なのかもしれない。

自己破壊願望の強いM的な人たちは、この闇と深く共鳴し合う。彼らもまた、この世から離脱したがっている。
しかし、ネガ世界は結局この世の陰でしかない。すべての法則は持ち越され、満たされぬものは永遠に満たされない。

しかし彼らは、その「満たされなさ」が好きなのだろう。
光の射さない闇の底で、この世の幸福が解除された感覚に身を浸すとき、あらゆるものから切り離された純粋な個我に出会う。そして、その個我もまた、やがては闇に呑み込まれて霧のように消えてしまう。
たぶん、そういう感覚が、なによりも彼らを幸福にしてくれるのだと思う。

PageTop

佐伯香也子作品リスト

<折り鶴> 『マニア倶楽部』掲載

 第二次大戦中、帝大生の薫は、屋敷の運転手の可憐な娘・小夜を蔵の中へ誘い、浣腸、導尿、異物入れなど淫靡な性戯にふけり始める。
 薫に想いを寄せていた小夜だったが、最初はさすがに抵抗を示した。
 だが、次第に快楽に目覚め、愛らしい喜びを示すようになる。
 そんなおり、薫がついに出征することになる。
 小夜は、たとえ薫が戻れても正式な結婚などできないことを承知の上で、目に一杯涙をためながら、赤い糸でつながれた夫婦鶴を手渡す。
 しかし終戦後、薫が戦地から戻ってみると、屋敷は空襲で焼け、小夜もその際に亡くなっていた。
 薫の手には、小夜の折った夫婦鶴だけが残った。

■評
「これは是非映像化してみたいです」(『マニア倶楽部』編集長)
「山本タカトという方のイラストをイメージしながら拝見しました」
「またしても佐伯マジックで体に変調をきたしました。
 ご本人と小説とのギャップとかもあいまって興奮してしまいます」
「話運びは相変らず上手いですねー」(以上読者)



<ペイン・クリニック ファイル1若菜> 『マニア倶楽部』掲載

 美しい中州・朱鷺島にある「ペイン・クリニック」は、痛みを取るのではなく、与えるサロン。
 自分の嗜好や妄想を誰にも言えずにいた乙女がやってきては、「先生」に苦しい胸の内を語り始める。
 今日の患者、清楚な大学生・若菜を苦しめていたのは、「針によるお仕置き」妄想だったのだが、素敵なドクター堂島によって夢をかなえてもらう。



<ペイン・クリニック ファイル2詩穂>

美しい画商・詩穂は、幼い頃から自分が拷問されるところを想像していた。仕事をハードにこなしながら、自分の拷問妄想を実現し、欲求不満を解消するため、ペイン・クリニックで治療を受け始める。
彼女を担当したドクター不動は、専制君主の威厳をそなえた人物で、激しい苦痛を望む詩穂の願いをいつも期待どおりにかなえてくれた。
不動は初めての治療の時から詩穂に魅了されていた。
しかし、クリニックには患者を誘惑してはいけないというルールがあり、紳士である彼は自重していた。
しかし詩穂のほうでも、回数をかさねるうちに、次第に不動に惹かれてゆく。

■評
「描かれている行為は“痛み”だけれど、殺伐とした所謂残酷なイメージではなくて、まるで夢いっぱいの乙女小説を読んでいるような、上品で甘い雰囲気にドキドキしました」(風俗資料館館長・中原るつ氏)



<コレクターズ・クラブ*リナ> 私家版『佐伯香也子小説集1』所収

 人間の飼育を趣味とする者たちの集まりである「コレクターズ・クラブ」で、今夜も例会が始まった。
 今夜のプレゼンターは坂上という初老の男。彼の可愛い飼育奴隷リナを映した映像が流れ始める。
 路地での放尿、お尻をむき出しにしてのリモコンによるローター、街中での脱糞、夜の男ハント〜公園ファック等々、いわゆる露出プレイの数々が披露される。
 そして最後は、複数の男達に公園で大量浣腸され、苦しみと愉悦の中で、もはや人ではなくなってゆくリナが映し出される。
 しかし、人でなくなってからのほうが、リナは美しく見えた。

■評
「淡々と記録されたビデオの状況を解説していく書きぶりがいいですね。
洋画スリラーの『クローバーフィールド』を彷彿させました。
調教がどんどんエスカレートしてゆき、どうなっちゃうんだろうと心配し始めたところでビデオがエンドを迎えるあたりも心憎いですね。
とても良い作品だと思います」(読者)



<コレクターズ・クラブ*芳春> 『秘性』掲載

 中国在住の貿易商・新堂が、奴隷を自分好みに人体改造した過程を映像で紹介する。
 新堂の望みは「毎日自分の汚物を食べてくれる便器奴隷が欲しい」というものだった。
 今までに何度も失敗し、もう諦めようと思った時、その願いをかなえたいというスカトロ趣味の女性・芳春が現れる。
 新堂は、芳春に自分の排泄物を毎日少しずつ食べさせ、彼女の体を糞食にならしてゆく。やがて完食できるようになると、歯をすべて抜いて便器型のギブスに入れ、骨を変形させる。
 それから、さらに完璧な便器人間に仕上げるべく、次々と課題を与えてゆくのだが、順調と思われた調教に意外な結末が訪れる。
 
■評
「次にどうなるんだろう、どうなるんだろうと思いながら、一気に読んだ」
「便器として完成した芳春が、公衆便所の汚物を食べる“外食”がよかった」
(以上読者)



<一ヶ崎 小暮医院> 『カルテ通信』掲載

 八歳の泰聖が、母に連れられていった伯父の医院には、早雪という病弱な女の子がいた。早雪は初雪の降る晩に捨てられていた子供で、伯父が養子として育てていた。
 ほとんど学校にも行けない早雪のために、泰聖は長い休みのたびに、必ず伯父の医院を訪れるようになる。そして、中学生の時に早雪に施される治療をかいま見、胸の内が怪しく騒ぐのを抑えられずに自慰をしてしまう。
 そんな不埒な自分を責め、また苦しむ早雪を可哀想に思いながらも、この世にこれ以上美しいものはないとまで思い、泰聖は医者になる決心をする。
 しかし、それはすべて伯父の思惑どおりだった。 

■評
「ほのかに猟奇の香る、すばらしい内容だと思います! 法がゆるすなら実写で撮りたいぐらいです」(『カルテ通信』編集長)



<球形の淫夢> 私家版『佐伯香也子小説集1』所収

 「私」が「先生」に連れられていったクラブでは、「性具人」と呼ばれる改造人間達が売買されていた。
 美しい外科医にしてオーナーのMJや、多彩な性具人たち。そして、謎に満ちた「先生」。
 「私」は最初嫌悪感を抱きながらも、次第にその幻想的な魔力に絡めとられていく。

■評
「江戸川乱歩の『パノラマ島奇譚』のような楽しさ」(画家・室井亜砂二氏)
「催し→オークション→主人公拐かされ→性奴隷の陳腐なパターンを予想してしまいましたが、自分の予想を覆す意外性があり興味深く読ませて頂きました。
 屋上庭園のシーンはSFファンタジーの物語みたいでしたよ」
「『球形の淫夢』に惹きつけられました。
 ただ表層に文字を置いているのでなくて、深く大きな層でのダイナミズムを感じます。
 乱歩、沼正三、澁澤龍彦・・・関連して思い起こす作家もあります。
 しかしこの語り手(SM小説を書いている私)は彼らとまったく違う視点を手にする可能性があるようにも。
 『球形の淫夢』はSMの論理、言うなれば「弱さの真実」をつまびらかとするための大きなサーガとなりうるのではないでしょうか。
 美しく、最高にエロい体験をありがとうございます」
(以上読者)



<机の下の楽園> 私家版『佐伯香也子小説集1』所収

 翻訳家の久我は、親友の佐久間に頼まれて、SMバーへ一緒に行く。
 そこに、子猫のような雰囲気をもつミュウが客としてやってくる。
 最初は軽い気持ちで口説いた久我だったが、ミュウの一途さに触れ、一緒に暮らし始める。
 Mとしての自覚はあっても、SMはまったく未経験だったミュウを、久我はたくみにリードし、愛らしい奴隷へと調教してゆく。
 すれ違いもあったが、傷ついた心を互いに抱きしめ合うようにして、二人は愛を深める。
 だがある日、ミュウは突然帰ってこなくなる。そして、久我の知らなかったミュウの姿が、次第に浮かび上がってくる。
 SMに題材をとった、青春純愛物語。

■評
「空想の世界だとわかっていても、涙がでてとまらなくなりました。こういう愛の生活ができたら、どんなにか感動的ですばらしいことでしょう」(読者)
「純愛小説としての心理でのディテールが細やか描かれていて、さすがに読み応えがありますね。感覚がとぎすまされていて心をうたれました。
 SM物といっても行為だけが大切なのではなく、私達の心をうつのはやはり人間が描けているかどうかなのですね。いつまでも忘れられない名作に出会えました」(画家・室井亜砂二氏)
「『机の下の楽園』というのはすばらしい傑作ですね。
 調教(いやな言葉ですがtrainingに相当するいい日本語がないもので)が進んでいく臨場感から、最後の主人公が自分で机の下にもぐりこんで彼女が見ていた世界を自分で確かめてみるという涙が止まらなくなるラストシーンまで一気に読ませてしまいます」(読者)
「著者は解説文の中で、この小説を「SM純愛小説」だといっています。
 なるほど、わかる気がします。
 とにかく女性は、主人公の男から愛されつづけ、さまざまな形で、エネルギッシュにもてあそばれるのです。
 私には、この小説の中の「僕」のように、情熱と欲望を持続させることは、とてもできないように思います。
(実際にはできないから「空想小説」なのでしょうけど)
 でも、いくじなしの私は、空想するだけで疲れてしまいそうです(ゴメンナサイ、私は弱虫です)。
 ということは、この小説の中で展開するSM妄想が、いかにおもしろく、刺激的で、すばらしいか、ということです。
 いってみれば、SM小説のおもしろさは、いかに現実から遠く離れて、非日常の世界を描くか、にあるのかもしれませんね」(濡木痴夢男先生)



<やさぐれM night> SM同人誌『イシスの裏庭』所収

 仕事ができて美人だが、恋はいつもうまくいかない川島渚子。恋人に振られた晩、知り合いのワイルドなカメラマン・畝亮三となりゆきでホテルへ行き、どんどんSMの深みへはまってゆく。変態になるのがイヤな渚子は抵抗するが、畝の魅力にもあらがえない。「好きになってもいいかな」と思った矢先、ある事件が起きる。

■評
「作中の畝亮三という男性は途方もなくかっこいいのだ。(中略)
とてもフィクションの中の人間とは思えないくらいに、リアルに、上手に描けていましたよ。
 すてきな男性オーラをまき散らすそのカメラマンの畝亮三(ウネビリョウゾウ)さんが、ふいにタイの少女たちのところへ飛んで行って、消えた猫を探す話とか、新宿のディープな裏通りにあるバーのママの描写とか、ほんとに上手に楽しく描けていました。
 だからこそ、文中の私つまり川島渚子(ナギコ)の心理が、まるで佐伯香也子さんご自身のように生き生きと、読者の心にせまってくるのです」(濡木痴夢男先生)



<アニスタ神殿記> 『秘性』連載長編(‘12年5/28私家版発売)

 天空に浮かぶ巨大な島であるアニスタは、三十三人の神人(しんじん)によって守られる、閉ざされた世界だった。
 農業と牧畜で暮らす素朴な人々の関心事は、毎年神人たちに捧げられる五人の神殿女の昇殿式。今年もまた、イレナ、サレー、カリュ、ネイア、エトレという美しい乙女達が選ばれた。
 しかし、神に奉仕しつつ、しあわせに暮らすものと思われていた神殿女を待っていたのは、想像を絶する拷問の日々だった。
 神人たちのつくり出す気味の悪い生き物・獣人(じゅうじん)や、残酷な責め具によって、ボロボロにされる乙女たち。それを再生医と呼ばれる医師達が元の身体にもどし、翌日もまたくり返される激しい責めと快楽。
 なぜ、神殿女達は拷問されなければならないのか。なぜ、アニスタは閉ざされているのか。
 最強の神人ゼルラウスに仕えることになったイレナと再生医アリオンの恋や、他の神殿女達の苦悩を織り交ぜながら、アニスタの秘密が次第に明らかにされてゆく。
 濃い霧に包まれた世界で繰り広げられる、被虐と快楽の行き着く果てを描いた、壮大なSMファンタジー。

■評
「これは凄い小説ですね。余計なサイドストーリーに逃げること無く、延々と続く拷問シーンの徹底さ、この想像力とパワーに圧倒されます。今まで日本で書かれたSM長編小説では『家畜人ヤプー』や『大噴火』『宇宙のどこかで』などの名作群に並ぶ力作ですね」(画家・室井亜砂二氏)
「すべての苦痛と苦悩は、この壮大なクライマックスのためだったのですね。
女性の視点から描かれた物語、そこに秘められた想い、あとがきを読んで「なるほど。」と知らされました。
244ページにも及ぶ長編小説を書き上げる、筆力にただただ感服です。新たな世界を観させてもらって、ありがとう」(読者)



<雨利錬九郎> 私家版『佐伯香也子作品集1』所収

 雨利錬九郎は、もと八丁堀の与力。恋人の香穂は、女戯作者である。
 四十四歳で息子に家督をゆずって楽隠居した錬九郎の元へは、表に出せない商家のもめごとなどが持ち込まれる。
 錬九郎は、十九歳年下の香穂と秘具や縄を使った淫靡で濃密な時をつむぎながら、鋭い洞察力と深い人間味でそれらを解決してゆく。

■評
昔「裏窓」で読んだ時代小説のようなムードがなつかしい。(画家・室井亜砂二氏)

PageTop

『時間外診療』発売

私が翻訳した小説『時間外診療』が、Kindleストアで4/28発売になった。
著者のアリス・リデルさん(アメリカ人女性)とは3年ほど前に知り合い、
小説を読ませていただいて、すぐに「翻訳したい!」と思った。
女性が書く官能小説は、男性とはまったく視点がちがう。
主人公に対して、すぐに寄り添うことができる。

ご本人も知的な方だが、小説も知的で上品で深みがある。
主人公のドラも美しくて魅力的だが、ワイルドなドクターも一癖あって素敵だw
ドラの恋人のジョージもクールでカッコいいし、美人のナースもまたいい!
彼女なしに、この小説は成り立たなかっただろう。

SM小説といっても、サドの小説のような凄惨なシーンは一つもない。
スカトロ系の汚い行為も、いっさい出てこない。
全編に甘いエロスが漂う、恋愛官能小説だ。

男性の描くエロティックな女性に不満を抱いていた、そこのたあなた。
(私なんぞ、フザケンナコノヤローと腹を立てていたくらいですわよ)
絶対ソンはさせません。
たった298円です。

ぜひお買い求めのうえ、レヴューなどをちょうだいできますれば、
アリス&香也子、これにすぐる幸いはございません。


PageTop
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。