佐伯香也子のブログ

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エネルギーワークとしてのSM

長い間、性について語る事はタブーとされてきたため、その素晴らしい可能性が知られずに来た。
だが、哲学用語の「エロス」は「生=性」の意味で使われるのであり、性エネルギーは、もともと活力の源である。

身体の隅々にまで張り巡らされたエネルギー脈の集積センターを「チャクラ」というが、性エネルギーはその一番下の第一チャクラ。つまり、会陰の部分に存在している。
これが、体の中心にある中央管を駆け昇って、頭上の第七チャクラへぬけてゆく状態がエクスタシーである。

性的絶頂を経験した事のある女性なら誰でも知っているだろうが、かなりすっきりする。一つには、エネルギーのつまりがそれで取れ、細胞が活性化するということがある。
血管がつまると病気になるが、エネルギーもつまると病気になる。東洋医学によれば、むしろエネルギーの滞りが病気を招くといっても良いくらいなのだそうだ。

近年、このエネルギーの流れを良くすることに関心が高まり、どんなカルチャースクールにも大抵「ヨガ」や「気功」の講座がある。
また、人体を取り巻くオーラを撮影できる装置は、すでに数十年も前に開発されているし、それぞれのチャクラから発せられる波動も、最近では計測できるという。

そこで、SMをエネルギー的に見た場合、どういう事になるのかということを、ちょっと考えてみたい。

M性というのは、苦痛や屈辱を与えられると、すぐに快楽物質のオピオイドが脳内にあふれ出すという特異体質のことである。
ふつうの愛撫でも快楽物質は流出するが、苦痛の刺激はそれよりももっと強力である。
「服従」状態によって、社会規範に縛られた自我の抵抗がなくなっていれば、さらに出やすくなる。

性的な結合なしに、純粋にSM的な責めだけで満足できるのは、この脳内麻薬のおかげである。
特に男性の場合、女性にくらべると性的絶頂の快楽エネルギーが少ない。
だから、無理に射精しなくても、脳内絶頂だけで充分だというS男さんも多いだろう。

しかし、女性の場合は、それを合一のエクスタシーへ転換しないのは、とてももったいない話なのである。
これは、相手の男性にとっても、実は大きな損失なのだ。

男女の肉体の結合は「陰」と「陽」のエネルギーの結合でもあり、女性が達したあと、最低でも5分間これを抱いていると(この時間には諸説ある)、男性はその素晴らしいエネルギーの恩恵に預かれる。
性行為における男性の役割は、生殖をのぞけば、女性をいかに大きな絶頂へ導くかということにある。
これは性差別ということではなく、体の仕組みがそうなっているのである。

このことは、紀元前のエジプトや古代インド、新しいところではマヤ文明などの常識で、マヤの男性達は一年もかけて、女性を性的により高める技術を学んでから結婚した。

波動の合う男女が愛し合い、互いを高めあって質のよい性エネルギーを得ることができれば、両者の細胞が活発化し、生命力があがる。
そうすると、人生からネガティブなものが払拭されて、自然と幸福になる。

反対に、合わないもの同士だと、エネルギーを喰われて運気も下がり、最悪の場合生命さえも危うくなる。

不特定多数の人とプレイをする人は、性交なしにしておくほうが無事だと思う。
SMによって生まれるエネルギーは、ノーマルな性交の時よりも強力で影響力が大きい。
所有欲を捨て、孤立感や虚無感から解放されることの重要性は、こういうところにもある。
ネガティブなものは、ネガティブなエネルギーを引きつけやすいからである。
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