佐伯香也子のブログ

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S男性の迷惑な発言

いわゆる精神的Sだと自称したり、自分のサイトにたくさん人を集めてプレイや奴隷の多さを自慢したり、オフ会をしたりして一種のカリスマ的存在になっているS男性たちの発言には、とても問題が多い。
とくに、彼らが迷えるM女性相手にする説教はお話にならない。
その論調はだいたい似通っている。

自分のわがままを捨て、主の希望が、そのまま自分の願いとなるような奴隷にならなければならない。
奴隷は主に喜んでもらえることをする。
「できない」と思うことでも一所懸命がんばる。
その姿を見て、主は奴隷を可愛いと思うようになる。
SMは恋愛とは違う。主の愛を欲しがってはいけない。
見返りを求めず、心から奉仕することが奴隷の勤めである。
主の愛を得たければ、まず自分から真心を捧げて尽くせ。
自分の願望がかなえられなくても、思うように会えなくても、主を恨んではいけない。
それも含めて耐えるのがしつけの良い奴隷というものである。


こんな言説をいつまでも許しておくから、救われないM女性が絶えないのだと思う。
M女性には「見返りを求めない愛」を要求するくせに、自分からは見返りを求めまくっている。
しかも、ご褒美に与える「主の愛」たるや、「俺の都合のいい時だけ会ってやるよ」という程度のものでしかない。

だが、迷いのあるM女性というのは、はっきりした男らしい言い方に弱い。
「お前の精神状態は今こうなっている」とか「奴隷とはこういうものだ」といったような断定をしてもらうと、それだけで安心して信頼してしまったりする。
しかし、根本的にまちがっているので、すぐにまた壁につきあたる。
主を持っても、いっこうに心が安定しないM女性が多いのはそのせいだ。

また、自分を捨てて誰かを受け入れたくてしょうがないという屈辱系のM女さんも、もちろんこういった言葉に弱いだろう。
依存傾向の強い人にはまた別の理由があるが、性癖としての屈辱系の女性たちは、最初から男性に服従する自分が大好きなのであり、そういう生き物でありたいと強く願っている人たちなのだと思う。
だが、そういうM女さんたちでさえ、だんだん「こんなのの言う事を聞いていても、いい事は何もないな」と気づいて去ってゆく。

なぜなら、説教Sたちの言うSM主従の先には何もないからだ。
早くて数週間、よくもっても二〜三年で関係は消滅してしまう。
M女さんの状況を丁寧に追っていけば、それが分かる。

ただ、ここで判断を難しくしているのは、実は、服従や奉仕の真の意味を見いだしたM女性は、たしかに彼らの言うとおりの奴隷になるということなのだ。

しかしそれは、しっかりした土台があってのことで、それ自体はM女さん自身が自分で考え、築いてゆくものだ。
主の調教というのは、たんなるきっかけにすぎない。
それを強制されて、M女性は初めて自分と向き合い、なにが自分を阻害しているのかを理解し、乗り越え、強く美しくなってゆくのである。

そうした過程もなしに、うわべだけ形を作ってやってみたところですぐに崩壊し、M女性はもっと深い闇に迷い込む。

S男性が示すべきは、結果としての「しつけの良い奴隷の姿」ではなく、そうなるためにはどうすればよいかということではないのか。
絶対服従の先には何が待っているのか。盲目的に従おうとするM女性が求めているのは、本当はなんなのか。
SMの持つ豊かな可能性をイメージし、そこへM女性を導いてやるために、自分は何ができるのかを、真剣に考えることなのではないのか。

M女が従順な奴隷となって主の責めをすべて受け入れるのは、主から愛してもらうためだというような寝言しか言えないのなら、説教なんか即刻やめるべきだろう。
 
だいたいこういう説教S男性は、女性のことがわかって言っているわけではない。
ここは何度主張してもし足りないくらいだが、自己流でたまたまうまくいったことを、なんの裏付けもなしに語っているにすぎないのだ。
一昔前の戸塚ヨットスクールみたいなもので、場合によっては効果的に働くこともあるが、すべてに応用できるわけではない。

ちょっと心理学や哲学を学べば、こうした言い方がある種のM女性の心をますます深く傷つけ、自分を見失わせるとわかるはずだ。
現に、この世界へ入ったばかりの私はひどく傷つき、生きる気力を失うほど落ち込んだ。
あっちでもこっちでも見かけるこうした言い回しに打ちのめされ、S男性というのは、女性を自分の型にはめる事しか考えず、その心をズタズタにすることを目的としている人たちなのだと思った。

女性は、男性よりもはるかに複雑な心理をかかえている。
自分を生きづらくしているものの正体に気づける人はまだいい。
心理カウンセラーの助けを借りてさえ、なかなか認められない人もいる。
まして、それを解消し、乗り越えていくのは自分にしかできないことで、その力を持っている人はそんなに多くないのだ。

それを、専門家でもないただの一般人が解決できると思うほうがどうかしている。
難しいところは全部M女性に丸投げしているから、そんなおめでたい錯覚がうまれるのだろう。

知性や教養の支えがない経験智のみの説教は、害毒になることのほうが圧倒的に多い。
特に性的なことで女性に説教しようとする男性は、よほどの勉強が必要だ。
「それは誤解だ。自分だってM女性にしあわせになってもらいたいと思っているのだ」
というのなら、もっと日本語の表現力を磨き、誤解の生じない文章を作るべきだろう。

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